女性職人の指先から生み出される繊細で多彩な色模様
加賀繍は金糸や銀糸に多数の色糸を使います。「通常の仕事で使う糸の色は千色前後。でも、この色とこの色の間の色が欲しいとなると、うちの工房で染めるので無限大に増えています。もう多すぎて数える気にもなりません」と笑うのは加賀繍職人、森本悦子さん。さらに加賀繍は立体感を表現する
”肉入れ繍“や上品な ”ぼかし繍“が特徴。「ぼかしは、色の境目は不自然にならないように、境目の2色の色糸をより合わせて繍います」とのこと。素人目にはなかなかわかりませんが、このような細やかな配慮が水彩画のような自然なぼかしを可能にしています。基本の繍技法は、平面を立体的に埋め尽くす繍いきりや玉止めをつなげたような相良繍い、布目を飛ばしながら線をいれる菅繍いなど15種類。それらをさまざまに組み合わせて絵模様を描き出していきます。「同じ色糸でも生地によって発色が変わるし、組み合わせる色糸によっても印象が変わる。1本の線を描くにも糸を何本使うか、どんな繍い方にするかで雰囲気は全然違う。奥が深くて、これでいいということがありません」。加賀繍の職人はほとんどが森本さんのようにその奥深さに魅せられた女性たち。加賀繍の一針、一針には、より美しく、もっときれいにという女性職人たちの繍いへの思いが込められています。
和装から小物まで気品を添える加賀繍
加賀繍の真価が発揮されるのはなんといっても着物や帯の加飾です。総刺繍絵羽模様の訪問着などは絵画のような美しさ。一目一目の細やかさはため息ものです。ぼかしを多用し、落ち着いた色調の加賀繍は華やかでありながら上品。年齢を問わず、帯や小物のコーディネイトで長く着られます。帯は一般的に染めや刺繍のものはカジュアルとされていますが、金銀入りや吉祥文様なら準礼装にもOK。現代的な抽象模様ならコンサートやレストランでの食事会に、金糸銀糸鮮やかな宝尽くしならお茶会にと使い分けるのも楽しみ。季節の花々を図案化した花丸紋は加賀藩初代藩主前田利家の正室おまつの方が得意だったといわれ、加賀繍の伝統的図柄として伝えられています。四季の花丸紋が入った袋帯は季節を問わずに使え、礼装から社交事まで多用途な1本です。また、付け下げなどに家紋を刺繍する場合、加賀繍紋でといえば三色ぼかしになるのをご存知ですか。目立たない部分ですが、細部にこだわる和装通におすすめです。
加賀繍を施した小物は袱紗をはじめ、バッグやショール、数奇屋袋などさまざま。花丸紋ひとつだけでも優雅さと手仕事の温かみが伝わり、格上の女性らしさを演出してくれます。近年では生地も縮緬だけでなく、オーガンジーやスエード、和紙へと広がってきました。繍いにビーズやファーなどをあしらったデザイン的な面白さにも注目です。
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